ムアントン相手に2ゴールの片野がベストイレブンに選出

(写真提供:Sukhothai FC)

タイリーグT1第18節、スコータイFC対ムアントンユナイテッド戦でユーロプラスアジア所属の片野寛理が2ゴールの活躍を見せ、第18節のリーグのベスト11にも選出されました。

ここまでリーグ戦では15位と波に乗れないスコータイFCですが、優勝候補筆頭のムアントンユナイテッドをホームに迎えます。前半にフリーキックから失点、そして後半に入り2失点目と劣勢にゲームは進みます。しかし0-2で迎えた後半75分でした。ゴール前のこぼれ球をペナルティエリアの外から豪快に蹴り込み反撃の狼煙となるゴールを挙げます。このゴールで勢いをとりもどしたスコータイFCは86分にPKを獲得、このチャンスを片野が冷静に蹴り込み同点としました。

 

(写真提供:Sukhothai FC)

多数のタイ代表選手やスター選手を抱え、タイ国内で圧倒的な人気を誇るムアントンユナイテッド。今年のAFCチャンピオンズリーグでは韓国の蔚山現代とオーストラリアのブリスベン・ロアーを予選グループで退け決勝トーナメント出場を果たし勢いにも乗っています。

そのムアントンユナイテッド相手に2−2と熱戦を演じた選手たちの活躍にスタジアムは熱気に包まれました。

これから片野の活躍でチームを上位へと押し上げて欲しいと思います。

 

(写真提供:Sukhothai FC)

 

2017年シーズン後期に向けたタイでのトライアウトについて

(自主トレーニング)

 

現在タイは移籍期間の真っ只中。連日、ニュースでは選手獲得や契約解除の記事が流れています。チームによっては在籍選手の半分以上を解雇して新しい選手を獲得する、そんなこともタイでは当たり前に行われます。シーズン中や、契約期間内であってもチームの期待に応えられなければ解雇を言い渡される、そういう場所です。

選手はそういった環境の中、自分のプレーする場所を守るため、またはプレーする場所を探して必死に戦っています。それはもちろん日本人だけではなく、タイ人選手、世界中の国々からやって来た選手達も同じです。

様々な情報が流れ、その情報を頼りにクラブを探す選手達。大きくはない可能性にかけて必死に自分をアピールする選手達。そういった選手達の中に入って自分のプレーするということはどういったレベルの中であっても簡単なことはありません。

 

(写真提供:Nonthaburi FC )

このハーフシーズンでのトライアウトというのはシーズン前のものとは少し違います。シーズン前というのは時間的にも余裕があり、たくさんの選手を見てから決めるという流れが全体的に見られます。数百人規模のトライアウトも行われ、特に今年の初めには多くのチームがオープントライアウトを開催し、そこに集まった選手の数をステータスにするかのようにその写真をチームのフェイスブックページにアップしていました。

しかしこの時期にはそういったオープンなトライアウトはほとんど見られません。どのチームも必要な補強ポイントを明確に絞り、そこに必要な選手をはめ込んでいきます。その為、いつでも誰でもがトライアルに行けるというわけではありません。チームが必要とするタイプの選手でなければトライアルに行ったとしても見てもらえないということもあります。

選手としてはトライアルに行けない日も増え、不安な気持ちになるかもしれません。しかしチームが必要としなければトライアルに行くチームは当然ありません。そういう中で体力・気力的にも厳しくなってくるでしょう。

どんな能力の高い選手であってもトライアルで契約を勝ち取るということは簡単ではありません。監督、チームのオーナーの好み、トライアル時に一緒にプレーする選手との相性、対峙した相手、同時期にトライアルに来た外国人選手達、その時々のトレンド。様々な要素とタイミングが重なり契約に至ります。

もし契約に至らず悔しい思いをしても、それを引きずる必要はありません。大切なことは、何が足りなかったのかしっかりと分析して次の来たるチャンスに最善の準備をすること。そういった精神的なタフさは重要な要因になります。そして契約を勝ち取ったとしてもそれが全てではありません。それはあくまでスタート。そこから自分に何が必要なのか、そういった考えを常に持って進んで行くことが大切になります。

(練習参加後にバンコクグラスのレストランで選手と食事)

一時期には60人を超えていたタイでプレーする日本人選手の数は少しづつ減っている傾向にあります。タイリーグのレギュレーションの変化、外国人枠、レベルの高い外国人選手が増えた影響、日本人というブランド力の変化、様々な要素が考えられますがその中でもまだまだチャンスは残っていると感じます。

難しくなった環境の中だからこそ、強い気持ちと高い志を持った日本人選手達にタイで活躍してほしいと思っています。

 

 

2017シーズン後期に向けたアジアトライアウトがスタート

(写真提供:UbonUMT Facebook)

今シーズンよりT1からT4で構成されるタイのプロリーグ。5月をもって前期の日程が終了し、少しの間の休みを挟み、後期の日程へと移ります。

 

T1は前評判通りに優勝候補のムアントンユナイテッド、ブリーラムユナイテッド、チェンライユナイテッドが首位争いを繰り広げています。

 

ユーロプラスアジアの山崎健太が所属するウボンUMTは昇格組ながらもここまで9位に付け、山崎自身もここまで全試合にフル出場、そしてリーグのベスト11に4度選出されるなど素晴らしい活躍を見せています。

 

 

そして次なるタイでの成功を志し、続々と選手たちが日本からタイにやってきています。

選手たちはユーロプラスアジアの選手による自主トレやバンコク近郊チームへの練習参加などをこなしながらコンディションを維持、チャンスがいつやって来てもいいように準備を進めています。

 

この半期の移籍期間というのはシーズン前とは少し違います。チームは前期にうまくいかなかったポイントを修正するために即戦力として新しい選手を補強します。その為いつチャンスが来るのか分からない状況の中、自分を信じ、そしてその少ない機会をものにするため、常に準備できていることが求められます。

 

トライアウト期間というのは選手にとって精神的にも体力的にも非常に辛いものになります。しかし、それを乗り越えてプロとしてのスタートラインに立って欲しいと思っています。

立花和之がシンガポールで契約

GFA SPORTING WEST LAKEと契約

シンガポールNFL(National Football League)に所属するGFA SPORTING WEST LAKE と立花和幸の契約を完了致しました。立花は今年で23歳になるサイドアタッカー。流通経済大学サッカー部を経て今シーズンよりGFA SPORTING WEST LAKEでプレーすることが決定致しました。
アルビレックス新潟シンガポールが2004年からシンガポールのトップリーグであるSリーグに参戦し、それ以降も多くの日本人がプレーするシンガポールリーグ。昨シーズンはアルビレックス新潟が国内四冠を達成し、東南アジアの中でも日本人によく知られたリーグです。
立花がプレーするのはNFL(National Football League)。 リーグはDivision1とDivision2に分かれていて、GFA SPORTINGはDivision1に所属しています。
GFA SPORTING WEST LAKEは日系のサッカースクールの会社がスポンサーとなっているチームで、監督、そしてコーチも日本人によって構成されています。

シンガポールでの生活

シンガポールでの生活は
『ものすごく快適です。交通網もすごく充実していて何処に行くにも不便しません。まるで東京にいるみたいです。』
日本でも知られている通り、シンガポールの公用語は英語とマレー語。ほとんどの人が英語を話すことが出来ます。その点でも日本人にとっては生活しやすいでしょう。
『英語はまだ慣れませんが、少しずつコミュニケーションは取れるようになってきたし、相手が何を言っているのか理解できるようになってきました。それにチームメイトはみんなフレンドリーです。外人に対してすごくウェルカムな雰囲気があります。』と立花は話します。
住居はクラブが用意したコンドミニアムを寮として生活をしています。プール付きのコンドミニアムで快適なシンガポールでの生活を過ごしているようです。
 

タイでのトライアウトを経て

 
2016年の12月から今年の2月までの間、立花はタイにいました。タイでのプロ契約を目指して多くのチームにトライしましたが、結果は厳しいものでした。
自分ではやれる自信はある。それでもなかなか評価されない、どういう選手がタイで評価され、どうしたら契約を掴み取ることが出来るのか。また、自分のプレーがなかなか見せられないというストレスも感じたといいます。
『トライアウトに行っても、見てもらえているのか分からないと感じることもありました。行った場所でプレー時間も少なく、その中でどうアピールしていいのか分らず、厳しさを感じました。』
しかしその中で、慣れない環境、通じない言葉、何も分からない中にも飛び込んでいくことの大切さを感じたといいます。飛び込まなければ得られない経験があります。
『あの時の経験があったから、多少のことでは動じなくなったし、シンガポールにチャンスがあると聞いた時にも迷いはありませんでした。』と立花はタイでの経験を振り返ります。

目標に向かって

GFA SPORTING は開幕戦を2−1で勝利。立花も先発メンバーに名を連ね、チームの勝利に貢献しました。
『チームではサイドバックをやったり、ボランチでもプレーしています。真ん中でプレーした時はチームの起点になるようなプレーを心掛けています。外国人としてチームを引っ張って行きたいです。』
チームには立花の他にもう一人の日本人選手が所属しいるが、2人しかいない外国人選手として責任は大きい。立花にはチームを上位進出へと導く活躍が期待されます。
『シンガポールは本当に良い国です。今シーズンはしっかりとこのチームで頑張って、Sリーグに挑戦したい。Sリーグでプレーすること。それが今の目標です。』
タイでの苦い経験を力に変え、シンガポールで充実した日々を過ごす立花。立花の目標は一歩一歩目の前の壁を越えて行った先に待っているはずです。これからの活躍が楽しみです。

ウボンUMTがアウェイでタイ王者に勝利

5月20日土曜日、タイリーグ1第16節、SCGムアントンスタジアムでムアントンユナイテッド対ウボンUMTの試合が行われました。

ムアントンユナイテッドは昨シーズンのタイリーグ王者。多くのタイ代表選手を抱え、Jリーグでも長くプレーしてきた経験を持つ青山選手など、質の高い外国人選手を揃えます。

さらに今シーズンはACLでも好調を維持、Jリーグ王者の鹿島アントラーズを破るなど快進撃を見せ、決勝トーナメント進出も決めています。

 

タイで人気・実力共にNo.1チームです。

 

写真提供:Muangthon United Facebook

 

ユーロプラスアジア所属のウボンUMTの山崎健太はこの日も右サイドのウィングバックとして先発出場。

ここまで全ての試合でスタメン・フル出場を続けています。

試合は圧倒的なホームの声援を受けるムアントンユナイテッドが攻勢に出ます。しかしウボンUMTも強力な攻撃陣のカウンターと組織的かつ粘り強い守備で対抗します。

そして外国人選手の個人技から先制点を奪うと1-0で前半を折り返します。

後半に入りPKから同点ゴールを許すが、その後セットプレーからゴール。そして試合を決定付ける3点目。

見事にアウェイの地で王者を破る大金星を上げました。

写真提供:Ubon UMT Facebook

 

そしてこの試合の前日は山崎の30歳の誕生日。

この日もチームの為に労を惜しまず90分間走り回った山崎は試合後にチームメイトとサポーターから祝福を受けていました。

チームに所属して3年目。3部からトップリーグにまで駆け上がった歴史を知る選手としてチームの皆から愛されています。

これからもさらなる活躍を、さらにチームから愛される選手になって欲しいと思います。

おめでとうヤマケン!

 


写真提供:Ubon UMT Facebook

本間和生が感じたヨーロッパとアジアの違い

 

海外でプレーするということが当たり前ではなかった


 
 (写真提供:LAO TOYOTA FC)


2017年。時代の変化の速さは驚くほど早く、わずか10年足らずで世界はものすごい速さで変化する。今は世界のどこにいようとLINEやfacebookを使えば無料で連絡が取れるし、顔を見て話す事も当然の事としてできる。必要な情報があればスマートフォンを開けばすぐにその情報にたどり着く事ができる。格安の航空会社も増え、世界のどこに行くのも低下価格で行けるようになった。世界は確実に小さくなりつつあるように感じる。


しかし約15年前。2002年にはLINEもfacebookもスマートフォンさえも存在していなかった。
 当時、日本のサッカー界で海外移籍と言えばJリーグで活躍した日本代表クラスの選手達が行くというのが当たり前。実績のない選手が海外へ行くなんて常識ではなかなか考えられない時代だった。


2002年日韓共催W杯の日本代表メンバーで海外クラブでプレーしていた選手と言えば、川口能活、稲本潤一、中田英寿、小野伸二の4選手のみ。ほとんどの選手が海外組となった今とでは大きな違いだ。


 日本中がW杯フィーバーに沸いた2002年。まだ今のように海外でプレーすることが一般的ではない時代に人知れず欧州に渡り、12年間に渡って自分の足を頼りに欧州のクラブを渡り歩いてきた選手、それが本間和生だ。

東ヨーロッパに位置するセルビアとハンガリー


セルビアとハンガリーは決して欧州のトップレベルのリーグではないが、毎年のように優秀な選手をスペイン、イタリア、ドイツのような強豪リーグに送り出すサッカー大国の一つだ。


セルビアには欧州の中でも有名なレッドスターやパルチザンなどのビッククラブがあり、マンチェスター・Cのコラロフやトリノで活躍するリャイッチなど多くのセルビア出身の選手達が欧州各国のトップレベルのクラブで活躍している。


ハンガリーは1950年代、マジック・マジャールと呼ばれ世界最強と言われた代表チームの歴史があるように、古くからの歴史を持った古豪と呼ばれる国だ。一時の栄光は過去の物となりつつあるが、ハンガリー国内でのサッカー人気は今だ健在。国内リーグには将来を嘱望される未来のスーパースター候補達がしのぎを削っている。


セルビアで2年半を過ごし、その後2004年にハンガリーのクラブへ移籍。そこから9年半の間ハンガリー国内のクラブを渡り歩いた本間。2002年に渡欧してから12年が経った2014年、ハンガリーを後にして本間が次に活躍の場を求めたのは東南アジアのラオスだった。



 

4年目を迎えるラオスでのプレー

 (写真提供:LAO TOYOTA FC)


 
本間は今年でラオスでの4年目のリーグ開幕を迎えた。2014・2015シーズンには得点王とリーグ優勝。2016シーズンは優勝こそ逃したが、ここまでの3シーズンで約80ものゴールを積み重ね、所属するLAO TOYOTA FC、そしてラオプレミアリーグを牽引してきた。


今シーズンはアジアの国際大会であるAFCカップの予選にも出場、リーグ戦と合わせて過密なスケジュールが続いている。


『今年のチームは昨年からメンバーが結構入れ替わったので若い選手がすごく多い。初戦では負けてしまいましたが、やばいなという雰囲気はチームにはありません。まだまだここからですね。』


今シーズンはここまで順調に7ゴールを獲得、誰よりもゴールの似合う男は落ち着いてそう話す。


欧州からアジアに来て感じること


 (写真提供:LAO TOYOTA FC)


当時ハンガリーでプレーしていた時には東南アジアでプレーすることは考えていなかったという本間。
『特に何も考えていなかったですね。半年間ほど所属チームがないという状態も続いていたし、選択肢はなかったので。』


実際に東南アジアに来るとローカルの選手たちのポテンシャルの高さには驚いたという。技術の高さ、俊敏性、ヨーロッパとはサッカーそのものが違った。どちらがレベルが高い、どちらがプレーするのが難しい、そういった単純な問題ではない。


『強いて言うならば、サッカーというスポーツの本質へのアプローチの仕方が違うのかもしれません。』と本間は話す。


その違いの中で苦労することはなかったのか。もちろんあっただろう。しかし、その中でも彼は環境にアダプトする術、自分が外国人助っ人として生き残るための術を熟知していた。


『自分は周りに生かされて生きるタイプのFWです。なので、人や周りのことはよく見ているつもりだし、観察はよくしていると思います。そしてやっぱりFWなので得点を取ることがチームに溶け込む上で大事な事でもあります。』


東南アジア、日本、ヨーロッパ、それぞれでサッカーは当然違う。しかし、そこの違いという目に見えない壁は言葉で簡単に比べられるようなものではない。結局は自分で感じるしかないのだ。
『考えているだけでは何も始まらない。自分で行動を起こして壁にぶつかる。そこでそれを乗り越える為にもがくから、それが自分自身の生きた経験へとすることができる。海外でサッカーをやっていれば明日のことも分かりません。だから今、自分がその瞬間にどう向き合うかでそれがこの先に繋がって行くと信じています。少なくとも自分は今までそうやってきたから、ここまでサッカーを続けてこれたのだと思っています。』


一歩を踏み出す勇気


 (写真提供:LAO TOYOTA FC)


インターネットの普及に伴って広がったグローバル化の影響。それはサッカーの世界も例外ではない。世界のスーパースターが欧州だけでプレーする時代は終わりつつあるのかもしれない。続々とアジアやアメリカに移籍する世界のビックネームのニュースは後を絶たない。日本人もJリーグで活躍した選手だけが欧州リーグに挑戦できるという時代は終わった。選手たちは世界のどこでもプレーすることができる。


そういう時代の中で、何もなかった時代に自分の足だけを頼りに道を切り開いてきた本間の言葉は、これから挑戦する若い選手たちにとっての大きな道しるべになるだろう。
 今は行こうと思えば誰でも何処へでも行ける時代だ。


スマートフォンでアプリを立ち上げチケットを予約する、チケットも安い。現地に着けばgoogle mapで行き先を検索すれば行ったことのない場所でも迷わずに行ける。


 必要なのは『一歩踏み出す』ということだけだ。


プレーでも同じかもしれない。ゴール前で常にチャンスを伺い、どんなボールにも身体を投げ出すようにしてゴールに結びつける。練習からそう行った鬼気迫るプレーをする本間。そういった姿勢が試合でのここぞという場に発揮される。そしてそういうプレーができるのは、常に自分で一歩踏み出し、自分自身で道を切り開いて来た本間だからだろう。本間の言葉、そしてプレーからはそういった力強い意思を感じる。


 (写真提供:LAO TOYOTA FC)

水野輝のAFCカップでの戦い

東南アジアでの挑戦

 


明治大学を卒業後、J3のFC琉球で1シーズン、Jを舞台に戦った水野輝。しかし、プロとして納得できる待遇を受けるには至らず、アジアで挑戦することを決意する。

向かった先はシンガポールだった。アルビレックス新潟シンガポールと契約した水野、海外での1年目となる2015シーズンでリーグ戦3位、国内カップ優勝。個人としてもシーズンを通してスタメン出場を続け、選手として充実した毎日を過ごした。

しかし、プロとしてさらに自分を高める為に、そして厳しい環境で自分をもっと磨ける場としてカンボジアに新天地を求めることを決意します。

移籍先はカンボジアリーグのスバイリエンFC。2013シーズンには国内リーグ優勝、2015シーズンにはフンセンカップで優勝するなどカンボジア国内きっての強豪クラブです。

必要なものは何でも揃うシンガポールとは違い、カンボジアはまだ発展途上の国。サッカーだけではなく、生活、文化、環境、言葉、全てが違いました。しかし、水野の中で新しい環境でチャレンジすることへの迷いはありませんでした。

スバイリエンFCでは、シーズンが始まるとすぐに水野はチームメイトやコーチ陣からの信頼を得ることに成功します。シーズンを通し、ボランチとして後方からチームを支え、安定したパフォーマンスを見せました。そしてカンボジア1年目ながら、リーグのオールスターチームのメンバーにも選出されます。

『スバイリエンは良い選手は多かったのですが、攻撃的な選手が多く守備が手薄でした。その中で自分のようなタイプがはまったのだと思います。』と水野は話す。

スバイリエンでの活躍はすぐに国内チームの関係者の目に止まった。カンボジアリーグ王者、メコンカップ優勝、決勝でタイ王者のブリーラムと熱戦を演じたボンケット・アンコールFCからのオファーだった。

 カンボジア王者として戦うAFCカップ


2017シーズンよりカンボジア王者のボンケット・アンコールFCでプレーすることになった水野。ボンケット・アンコールFCは2016シーズンに抜群の攻撃力で一気にカンボジアのトップクラブに躍り出たクラブです。強力な外国人選手、そしてカンボジアの英雄チャン・ワタナカなどを擁し、東南アジアトップのクラブとも渡り合ってきました。

クラブは2017シーズンよりさらなる強化のため、新しくオーストラリア人監督を招聘。

水野はその新監督のもとでも早速ボランチとして信頼を勝ち取ります。しかし、ボンケットはカンボジアのチャンピオンクラブ。当然ながら要求されることは少なくないという。

『ボンケットでは守備だけではなく、攻撃の起点としてのプレーも常に求められています。もっと成長しないといけない。』


国内リーグに加え、アジアの国際大会、AFCカップにも出場しているボンケット・アンコールFCは過密なスケジュールで試合が続きます。ミャンマーのマグエFC、フィリピンのグローバルFC、マレーシアのジョホール・ダルル・タクジムFCが顔を合わせたAFCカップのグループリーグ。

 豊富な資金で国内外から優秀な選手を集める各国のトップクラブとの対戦は厳しい戦いが続いた。

特にマレーシアのジョホールは別格だった。日本代表が98年W杯の出場を決めたジョホールバルの歓喜。あの試合が行われたスタジアムをホームとするマレーシア屈指のビッククラブ、東南アジア屈指の金満クラブとしても有名です。

数万人は入っていたというスタジアムを埋め尽くす観客の熱。スバ抜けた個の能力を有する外国人選手。代表選手を多数抱えるというローカル選手のレベルも相当高かったという。

『正直、チームとしても圧倒されてしまいました。自分たちもプレスで上手くはめたかったが、全てが後手に回ってしまい、どうにも出来ませんでした。』

 しかし自身初めての国際大会という大舞台は、楽しいものだったと水野は話す。

『その国に行って、その国のトップのクラブと試合をする。そうするとその国の色だとかそういうものが見えてきて楽しかった。そして、もっとこういう舞台で戦いたいというモチベーションにもなりました。』


ゴールはもっと先にある

日本を出てから、シンガポール、カンボジア、AFCカップ。常に自分の評価を上げ、目標へと続く階段を着実に登る水野。しかし今は日本に戻ってJリーグに挑戦したい、さらにレベルの高いヨーロッパでプレーしたいといった考えはないという。

『自分はアジアで勝負したいと思っています。今だったら、マレーシアやタイなど東南アジアでのトップリーグのクラブでプレーしたいという気持ちが強い。そしてACL(アジアチャンピオンズリーグ)でプレーしてみたいと思っています。』

 常に自分を信じ、しっかりと目標を見据え、一歩一歩進むべき道を行く水野。

近い将来、アジアトップのクラブの一員としてACLで戦う水野の姿が観れるかもしれない。

フォルツァ選抜・シンガポール遠征⑤(最終日・帰国)

5/2 9:00
フォルツァ選抜、シンガポール遠征最終日。

午前中はGFAとのトレーニングマッチ。



今日までホテル→大会会場をバスでの往復のみというVIP待遇だったので、ローカル感を得るためにも地下鉄移動。



日本の地下鉄より整備されていてキレイ?

スコールのため少し雨宿り。


10:20

フォルツァ選抜シンガポール遠征トレーニングマッチ



vs GFA

15分×5本

結果: 2-4

得点者: タクミ、マサト。


相手チームはシンガポール現地の日本人クラブチーム。2コ上、3コ上の年上が混ざるなか終始互角の戦いを繰り広げるフォルツァ選抜。しかし、大事な局面で相手のパワーにやられての4失点。

「コーチ、同い年と試合がしたいです」

関係ない。どんな相手でも同じピッチに立ってボールを蹴っているのであればプライドを持って試合に挑む。年上相手の方が得るモノは大きい。

トーナメントでの悔しさをバネにシンガポール遠征最後の蹴球。

多くのチャンス、シュートシーンを作るも決定力に欠ける。

タクミ、マサトが得点を奪うがリードはさせてくれない。

幸い、曇り空で昨日に比べ比較的涼しい中、15分×5本、充実したトレーニングマッチになった。


施設近辺のフードコートで腹ごしらえ。



まだまだヤングだ。

ホテルに戻り、帰国前の観光。

徒歩でアラブストリートへ。


お土産タイム。


充実した5日間もこれでラスト。選抜チームとは言え、ピッチ内外で素晴らしい纏まりを見せたフォルツァ選抜。


大会の結果はベスト4。

君達が準決勝で戦ったチームは、見事に優勝した。


あと一歩、もう一歩出ていれば決勝に行けたかもしれない、優勝の可能性があったかもしれない。

しかし、サッカーではその「もう一歩」が勝負所。

味方よりも、相手よりも、もう一歩前へ出て勝負をかける選手が将来プロになる。

日本の少年サッカー、果たしてどれ位の選手が海外での真剣勝負を体感しているのだろうか。

何分の1だろう?

君達は、間違いなく少数派、選ばれた選手達。

アジアの強豪国との真剣勝負、死闘を10歳〜11歳で味わうという貴重な経験、どのように捉えるかで人生が変わってくる。

仲間に伝えるとチームが変わってくる。

まだまだプールやポテト、お菓子に目が無い世代、でもピッチの上だと真剣。

シンガポールの地で、肌で感じた事を忘れないでほしい。

真剣勝負がどんなに激しかったか、

あのゴールがどんなに気持ち良かったか、

なぜあのボールを簡単にクリア出来なかったか、

あの相手の気迫はなぜ凄かったのか、

あと一歩、もう一歩はこれからはもっと出せる。

親、仲間、家族に感謝しながら、引き続き、サッカーと勉強に励んでください。

そしてまた、シンガポールメンバーで再会できたらいいね♬

次は、ピッチ上での対戦相手、ライバル?



KEEP ON BOYZ !

 Enjoy your Foot ball Life !!
保護者の皆様

飛行機は予定通り日本へ出発予定です。

以下、事務連絡です。

到着︰5月3日(水)5時50分

場所︰羽田空港国際線第1ターミナル到着出口

便名︰JL036

航空会社︰日本航空

お迎えの方はお間違いないようにお願い致します。

また出口に出てくるのは到着後約30分後となりますので、予めご理解ください。

Jリーグデビュー戦で1ゴール

 

 

 

4月22日に行われた天皇杯全日本サッカー選手権大会一回戦、国士舘大学戦。あきぎんスタジアム(秋田市八橋運動公園球技場)で行われたこの試合が山田樹にとってのブラウブリッツ秋田での公式戦デビューとなりました。

残念ながらこの試合は1−2で敗れ、チームは天皇杯一回戦敗退。山田にとってもほろ苦い秋田でのデビュー戦となってしまいました。しかし、先発メンバーとして臨んだこの試合。得意の左足から繰り出される前線へのパス、クロス。攻守に存在感を発揮した山田の評価は悪くないものでした。

 

 

 

 

待ち望んだJリーグデビュー

 

4月30日、沖縄県総合運動公園陸上競技場で行われたJ3第6節FC琉球戦。

3500人を超える観客が観戦に訪れたこの試合。秋田は序盤から攻勢を見せ、前半開始早々の2分には先制点。前半終了時には3−0と大きくリードして試合を折り返しました。

そして、さらに2点を追加して5−0とリードした状態で迎えた62分。ついに山田に出番がやってきました。Jリーグデビューです。

この日も左サイドでの出場となった山田、まずはしっかり守ってから攻撃に出るという監督の指示を受けてピッチに入りました。

そして迎えた76分。待望の瞬間が訪れます。

サイドに流れた選手がボールをキープ。それと同時に、内側からその選手を追い越してスペースに走り込む山田にふんわりと浮いたパスが通ります。浮いたボールを胸トラップでコントロールすると得意の左足を振り抜きました。

ボールは逆サイドネットに豪快に突き刺さり見事ゴール。

最高の形でのJリーグデビューとなりました。

 

 

試合は6−1の完勝でした。この結果、開幕から5試合で4勝1分。ブラウブリッツ秋田はJ3で首位に立っています。

試合後の監督のコメントでも山田に対する期待と高い要求が伺えました。

最高のJリーグデビューを果たした山田。まずは先発メンバーに食い込み、定着。そして勢いに乗るチームの中でも彼の良さを発揮し、チームと共にJ2昇格へと突き進んで欲しいと思っています。

彼のJリーグでの活躍は、Jリーグでのプレーを目標とする海外でプレーする多くの若い選手たちに注目されています。彼がJリーグで活躍するという意味はそういった選手たちにとって大きな意味を持つことにもなるのです。

彼が海外で培ってきたことを存分に発揮し、さらに秋田で活躍してくれることを期待しています。

 

 

U12・14ソサイチ日本選抜シンガポール遠征【帰国へ】

おはようございます!

U12・14日本へ向けて飛行機の搭乗待ちです!

子どもたち1人1人に刻まれたシンガポールでの出来事。

非常に濃密で充実した日々を過ごし一瞬で過ぎ去った時間。

サッカーではアジアの強豪たちと全力でぶつかり合い見えた今の自分の現在地。海外を経験し世界レベルの中で通用した自分の武器はさらに磨き上げてほしい。

そしてその武器を活かせるように他にも練習することはたくさんある。

若さは才能だ。キミたちには伸びしろしかない。がむしゃらに毎日を全力で、ミスしたっていいどんどんチャレンジして行ってほしい。

生活面では、自分で栄養面を考えて積極的に野菜を摂取する選手もちらほら。海外で感じたフィジカルの重要性。まずは食事から身体作りを!

部屋の過ごし方から試合までの準備。全てを自分で行った。改めて感じるお父さんお母さんのありがたみ。

日本に帰ったら照れくさいけど「いつもありがとう」って伝えよう。

カタコトの英語でも、ジェスチャーと気持ちで友だちになれた。

異国の地でできたたくさんの友だち、次はいつ会えるだろうか?きっとサッカーを全力でやっていればまた会えるはず。

そしてシンガポールで共に闘ったチームメイトたち、次会うときは敵同士。自分のチームでしっかり練習してピッチで闘おう!その時は真剣勝負だ!

保護者の皆様

飛行機は予定通り日本へ出発予定です。

以下、事務連絡です。

到着︰5月2日(火)16時20分

場所︰成田空港第2ターミナル到着出口

便名︰JL712

航空会社︰日本航空

お迎えの方はお間違いないようにお願い致します。

また出口に出てくるのは到着後約30分後となりますので、予めご理解ください。